江戸時代の農民「えっ、収穫したお米の9割を上納するんですか!?」

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1
農民「しゃーない…アワやヒエのお粥食べて凌ごう」

地獄かな

2
地獄だぞ

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引用元: http://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1563264477/

4
四公六民か五公五民やろ
171
>>4
そんな優しい所ほぼないぞ
ほぼ8公2民なうえに裏作までもってかれてたぞ
211
>>4
北条だけだぞ2公8民は
徳川の世は地獄よ
13
畜生ばかりでぐう聖領主の話ってきかんな
16
>>13
農民は文字を持たないからな
農民に感謝されてたとしてものちに残らない
18
なんで貴重な労働力を弱らせる発想なんやろな
代わりがいくらでもいるからからか?
24
>>18
たらふく食って元気な農民なんて絶対反乱するやん
283
>>24
おー。
現代と一緒やな…
26
>>18
楽できるようになって余計なこと考え出したらうざいやん
28
>>18
お上に逆らう余力残さないようにするためや
生きるのに精一杯やと他のことどうでも良くなるからな
20
隠してもバレなさそうやがどうなん
21
>>20
バレたら頃されるけどやるん?
23
>>21
米隠したら頃されるって鬼やんか
25
>>23
まぁ脱税やし
35
隠し畑は作れても水田隠すのは至難やろ
豆芋粟ヒエ食って米は年貢と現金に代えて終わりや
42
>>35
山間の土地だと割と簡単
だから定期的に検地反対一揆が起きた
43
そんな米集めてどうすんや
53
>>43
上位20%を食わせなきゃいけない
52
ちな現代日本も5.5公4.5民やからな
86
>>52
現代でも半分近く持っていかれるん?
その半分も買取とかじゃないんか?
121
>>86
米やなくて税負担の話やろ
社会保険やら直接税やら間接税やらいろいろ分割しとるけど
併せれば半分くらいもってかれとる
61
???「あまり下を押さえつけると反発されるンゴ…」

???「せや!下の下を作って捌け口にさせたろ!」

74
でも江戸の農民って一人で3合とか米食ってたんやろ?
89
そら一揆も起きますわ
105
>>89
一揆って成功しても失敗しても首謀者は頃されるんやろ?すげーわ
138
>>105
昭和の中頃までは個人よりも家の存続第一の思考やからな
127
脱税見逃してくれるところもありそう
150
>>127
戦国時代からずっと田んぼの面積は自己申告やぞ
秀吉が検知で直接測ったってのもごく一部だけや
159
>>150
はぇ~
129
ワイ今だにアユやヒエが何か分からん
141
>>129
鳥の餌に入ってる奴や
153
>>141
ひえーーーーwwwwww
174
昭和の歴史家「農民はコメをほとんど口に出来なかった」
なお大量のコメがどこに消費されたかは言わないもよう
181
>>174
最近は米食いすぎぐらい食ってたって言われてるよね
187
>>174
そら商人の倉に納められて投機の担保よ
200
>>174
宮沢賢治「一日に玄米四合食うで~」
233
>>200
現代人から見ると米四合なんて食い過ぎと思うが
当時の一般的な人々は米六合食ってたからあれは控えめな食事という表現らしいな

明治の人間はたくあんと味噌汁だけみたいなおかずでひたすら米を食って脚気になってた

236
粟やひえってどんな味するんだろうな
254
>>236
今の食べやすい品種ですら
白飯に3割以上混ぜるともさもさする
322
江戸時代ってその日暮らしで宵越の銭は持たなくて悠々自適やったんやないの?
侍とかも切ったらドえらいことになるから刀はかざりやったんやろ
384
>>322
貨幣経済が中途半端やったし
移動の自由もそんなになく顔見知りばっかりやから
ほとんどツケ払いやで
せやから年越しさえ出来ればどうにかなっとった
438
>>322
宵越しの銭は持たない(持てない)やぞ
452
昔から日本の陰湿さを感じるよな

まるで奴隷やん

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コメント

  1. 匿名稼ぎ人さん より:

    なお実効税率は3割程度の模様

  2. 匿名稼ぎ人さん より:

    町人はほとんど無税やろ
    長屋の住人とか
    武家ばっかり悪く描かれるけど、町人ものうのうと暮らしてたんやで米食いながら

    • 永遠に昨日 より:

      農民が厳しく年貢を取り立てた話しは明治政府のプロパガンダや階級闘争史観でかなり脚色誇張されてるだろう。
      仕事がキツいということと搾取されているとは別の話し。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      家や長屋は基本借家なので持ち主(町名主)が税負担。その代わり町名主は奉行所と連携しつつ自治をやってた。

  3. 名主 より:

    今の価値観で当時を図ることなかれ。
    天明の飢饉なんかも調べてみると良いよ、無駄に元気になられてもそりゃ困るけど
    動くにも辛いほどに飢えられたって困るわけだから、そこは持ちつ持たれつさ。

  4. 匿名稼ぎ人さん より:

    今の政府の思想と大差ねーじゃん

  5. 匿名稼ぎ人さん より:

    九公一民なんて薩摩藩ぐらいだぞ
    米がとれないところは税が厳しくとれるところが安い、これで向いてない地域は米以外作るように仕向けてた
    ほっとくと金になる米ばかり作って戦前の東北のように飢饉が起きやすくなってしまうからよ。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      それでも薩摩は経済回ってた。城士と郷士と農民は通婚できたしな。
      唐芋という救荒作物もあったし。
      郷士が藩命で仕事に行く時、親戚の百姓に銭や物を支払って田畑見て貰ってたし。
      薩摩は特殊で武士階級が2~3割あったけど、田畑持ってる郷士が主力だったからな。
      あと、薩摩藩の普請で治水灌漑などの労役で、結局農民に銭や物を支払ってたのもある。
      それと仰る通り米作に向かない土地で米作るより、特産品にも力いれてたしな。

  6. 右往左往 より:

    現代と税率は変わらないでしょう、物納なわけですが。
    貧富にかかわらず国民は皆三食米飯を食って居て、米が食えないのは貧困者。
    但し、西日本特に九州では、サツマイモが移入されてから人口が増加してます。
    あまり意識に上らないですが、当時は人別帳と言う戸籍が確定し農家は昔も今も立派な自営業。今度万札に成る渋沢栄一の実家は藍農家であり相場も行う富農でした。
    自伝で、当地の代官がいきなり呼びつけ金100両を出せなどときつく命令する、
    幕末期は体制側も疲弊した様子が伺えます、自伝お読みください。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      中頃には穀物商が集積所で直ぐに買い取る金銭納付やで

    • ユウヤ より:

      大体が五公五民か四公六民だぞ。しかもその『税率』が適用されるのは『私有田(畑)』を除いた分に対してだし。
      しかも、その年の『出来高』で『減税』されてるから、実際は最も低いんだわ。

      明治になって『税金がきつくなった』のは『土地に対して一律の税を現金で納めるようになったから』だから。

  7. 匿名稼ぎ人さん より:

    九公一民なんてやってるとこなんか滅多になかっただろ。頓珍漢な主張を一方的に繰り返し、自分らの損失を国家権力のせいにするような連中は決まって歴史を理解してないようなやつだな

  8. 匿名稼ぎ人さん より:

    圧政しいて藩の運用ミスったら処刑だぞ
    どこもかしこもそんな税率なわけないだろ
    それと、日本中で圧政してたら文化なんぞ発展せんぞ
    ついでにいうと日本人は農民でも読み書きできた
    うさんくさいスレだな?
    工作員がディスるために立てただろ

  9. 匿名稼ぎ人さん より:

    何でこういう嘘をつくスレを立てるのか?

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      充たされてないんだよ

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        満たされない代入行為として碌でもない事をやる
        碌でもない事にかまけてるから、承認欲求がいつまで経っても満たされない
        満たされないから以下ループ

        馬鹿の行動様式の一つだな

  10. 匿名稼ぎ人さん より:

    明らかに明治以降の方が農村は大変だと思うんだが。勿論町民も今よりそれなりに幸せそうだが。

    明確に今の方が待遇良いのは公務員(武士)なんじゃないのw 切腹もお家もないしさ。

  11. 匿名稼ぎ人さん より:

    一応飢饉の時は炊き出しとかあったらしいからな
    凌ぎきれない時も多かったらしいが
    その米で領民を守ったり治水工事したりしてた訳だし、山賊の類いを放置されるよりはマシだっただろうな

  12. 匿名稼ぎ人さん より:

    寺子屋スルーは草
    読み書きそろばんとか瓦版の存在もスルーで草
    自分の名前が母国語で書けるかどうかはある種のラインで、当時の日本は世界的に見ればそれなりにやってたはずだが

    これはさすがにフェイクニュースですわ
    一揆をする余力があっただけ、ある面では当時の方が現代よりマシなんじゃないかとさえ思う

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      何百年前のニュースだよ

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        何百年前の事に就いての現代のフェイクニュースだろ。そのフェイクニュース自体は現代の物で、その内容が昔の話。

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          白戸三平の劇画で頭止まってる奴。
          まぁ、地方の譜代の小さな藩は苦しかったみたいだけどね。
          摂津とか幕府直轄地は、諸侯の模範となるために色々頑張ってたよ。
          米の品種改良が上手くいってない時代だから、東北で無理に米作に拘った藩は苦労してた感じ。
          戊辰戦争で西国の兵士の体格が明らかに違ってたそうだ。

  13. 匿名稼ぎ人さん より:

    10公0民もあったらしいぞ
    江戸時代中に面積あたり収穫量数倍に増えたのに石高集計ガバガバだから、それで実質3公7民程度の場合も

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      >10公0民もあったらしいぞ

      それどこであったの?そしてそれは誰が後世に伝えたの?

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        比較的農業技術進んでた近畿地方
        ソースは経済史の授業。
        >>誰が後世に
        どこのどういう帳簿がソースかまで調べるのは専門ではないから勘弁

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          その経済史の教諭はアホなんじゃないか?

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          少しは疑っていいと思うぞ?

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          それは「コスパの悪い米は全部年貢に回して、コスパの良い副業で儲ける」というケースだね。何公何民というのは米の話だから、他の作物や副業があるかどうかが分からなきゃ苦しかったかどうかは判定不能。

          • 匿名稼ぎ人さん より:

            それ、土地の価値はあくまでコメ収穫量で公認されてた時代だから綿花や桑作って金納すればコメ換算で10公超えててもなお農民が裕福に暮らせる地域もある。実際米は作り過ぎで江戸時代通じて飢饉時以外は値下がり傾向続いてるし。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      流石に10公0民は聞いたことないな、普通に一揆が発生して歴史に残るレベルだと思うけど、あと江戸時代の農民気が荒いから無茶は出来んぞ。

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        松倉家は実質10公0民でさらに他にもあらゆるものに税金をかけたらしいと聞いたな

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          五條じゃ善政敷いて街の中興の祖となったと未だに顕彰されてるのにな。

          • 匿名稼ぎ人さん より:

            それは松倉父。暗黒中世ヨーロッパを彷彿とさせる他所の藩領にない、片手にあまる各種税を敷いたのは2代目の息子。そこの天候不良の飢饉がおきて、百姓も限界突破したんだな。

  14. 匿名稼ぎ人さん より:

    本文の連中見てきたように語ってるよな。考え方も今基準だし。
    当時のことは当時の人にしか分からんし、
    なにより九公一民なんかやってたら滅んでるだろうが。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      うん、滅んでる。
      九公一民といわれるのは天草の乱を引き起こした島原藩2代目の話
      自分らで検地し、幕府に2倍以上上乗せして報告した他、藩独自の人頭税やら色々名目つけて絞りに絞りとっていた。江戸時代の暴政の筆頭だね

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        >九公一民といわれるのは天草の乱を引き起こした島原藩2代目の話

        天草の乱はキリシタン、宗教戦争

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          島原藩2代目も唐津2代目も両方、キリシタン迫害もしてたけど、年貢の厳しい取り立てが切実だった。
          島原の乱のきっかけである一揆が起きたのは島原藩領。年貢が払えず捕まった村主の妻の悲惨な獄死。
          それが唐津藩の天草領に飛び火。
          島原藩の年貢は、見栄はって実高の倍以上を奉告したせいだけど、唐津藩に関ケ原の勲功で加増された天草4万石は実高2万で幕府に落ち度があった。
          唐津藩から幕府は天草を没収後、派遣した代官が検地して発覚。代官は幕府に表石高の下降修正を訴えだけれど聞き入れられず、最後は切腹までして天草の農民の窮状を訴えた。
          この頃、すでに朱印貿易も廃止方向に舵きっていた幕府は、すべてキリシタン問題として片付け、出島を建設して外国勢を押し込めるには良い口実とした。

          • 匿名稼ぎ人さん より:

            >キリシタン迫害もしてたけど、年貢の厳しい取り立てが切実だった

            大義名分。

            現在、消費税が仮に1%だったとしても、
            「高い~!」と騒ぎ立てて市民団体を煽れば、それがそうなるだろ。

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          島原の乱が宗教戦争とかとっくに否定されてる古い話やで。

  15. w より:

    石高申告は上乗せする分は自由だからな
    見栄で多目に申告されてた藩の領民は悲惨よな
    中期以降は検地出来ずに実効税率は下がっていったらしいが

  16. 匿名稼ぎ人さん より:

    分かりやすい反日フェイクの江戸時代ディスりだなw
    何をどう言おうが、
    世界トップレベルの識字率
    大衆文化が隆盛
    飢饉も含め、人口の大幅な減少もない。

    他の国なんかは悲惨だぞ。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      元スレのコメは極端だったり偏った知識だけど
      あなたも偏ってるよ
      大衆文化が旺盛だったのは、町民にはほとんど徴税がなかったからだよ
      商人が強くなってくると商人には名目増えて課税されたけど
      >飢饉も含め、人口の大幅な減少もない。
      全国的な統計がきちんととれてないだけ。改易恐れてどの藩も正確な数字を幕府に報告してない。それでも天明の大飢饉は6年間で疫病含めて約百万近くの死者と計上されている
      幕府の人別調べでこの時期の人口変動は2600万弱が2500万人弱に減ってる
      天明の大飢饉は火山爆発による世界規模の天候不良を起こしたものだけど、これを含め
      江戸四大飢饉と呼ばれるものがあるし、江戸時代は全体的に寒冷期で気候が涼しい
      今よりもちょっと長雨が起きたりするだけで、農村で不作は珍しくなかった

      日本の江戸時期の発展は凄いけど、あなたのうすっぺらい知識にそぐわないものを反日とレッテルはるのはどこかの隣国並みだと思うよ

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      >大衆文化が旺盛だったのは、町民にはほとんど徴税がなかったからだよ

      「算学 農民」 で検索したらいっぱい分かるよ。

      >全国的な統計がきちんととれてないだけ。改易恐れてどの藩も正確な数字を幕府に報告してない。それでも天明の大飢饉は6年間で疫病含めて約百万近くの死者と計上されている

      疫病は幕府のせいですか?武士も同じだけ死にますが。

      >江戸四大飢饉と呼ばれるものがあるし、江戸時代は全体的に寒冷期で気候が涼しい今よりもちょっと長雨が起きたりするだけで、農村で不作は珍しくなかった

      武士も同じだけ死にますが

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        >「算学 農民」 で検索したらいっぱい分かるよ

        和算は有名だね、農民も絵馬に裏書して奉納したエピソードとか。
        だけど士農工商まんべんなくブームだったから農民に限った話じゃない。
        一般的に江戸の大衆文化といえば、歌舞伎や猿楽、諸々の興行や、浮世絵や絵草紙、読みもの出版物、いわゆる元禄文化は、町人が娯楽を楽しむ余裕があってこそ。
        株持ちの商人の冥加金やら上納金は別として、個人事業は運上金(税率二割もない)、職人は親方がまとめて国役を支払うから、貰った給金は天引き済みともいえる。奉公人は住み込みならその諸経費は店主が天引き計算した給料だろうけど、特に税金はなし。町役人は省略。

        >疫病は幕府のせいですか?武士も同じだけ死にますが。

        幕府のせいではないけど藩の財政に普請等で負担をかけて財政逼迫をかけている場合もある。
        飢饉の後にはほぼ疫病が発生する。餓死しなくても、食べれるものは木の根だろうとなんだろうと悪食してる状態だから、罹病にかかる。体力も限界値の状態で腹下りが止まらなくなり、瘧(おこり)つまりマラリアといった熱病に感染して死亡。これに加え狂犬病他、諸々発生するケースもある。
        武士も罹患はするときはするだろうけど農民と同じ罹患率なわけがない。
        仙台藩を例にあげれば天明の飢餓死が14~15万人。疫病死が30万、約45万人失ってる。飢餓死→疫病死→飢餓死→疫病死このコンボ。
        全く同じ時期の総家臣数はわからないけどこの前後の年代は約1万くらい。士分は4千人弱。農民と同じ死亡率なら藩士ほぼ総入れ替えで藩政が成り立たない。死なれたらむしろ困る。
        町人や家中でも士分以下(足軽等)に餓死者が出始めた頃、ひもじさに上級武士にもかかわらず買い食いしたという記録があったはず。ぎりぎり士分は食べていた。
        疫病は体力のない人間から死ぬ。古今東西それは変わらない。

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          >だけど士農工商まんべんなくブームだったから農民に限った話じゃない。

          お前、頭おかしいのか。
          農民は当時の日本人の8割を占めてたんだぞ。
          その上、お前の口から「農民に限った話じゃない」って言っちゃうと、
          「日本人の9割がやってた」事になる。

          じゃあ、おまえの言った「豊かだから算額やる余裕がある」のは、
          日本国民の9割が該当する事になるぞ。

          お前の、「農民の割合」の知識が欠落してるから、そういう矛盾になるのだ。

          • 匿名稼ぎ人さん より:

            >「日本人の9割がやってた」事になる

            和算はそうだよ。
            武士も商人も町人も和算できないのに農民だけが学んでると、どうして思えるのかな。
            検索しろっていう位だから知ってると思ってはしょったけど、江戸時代全体通して算術は和算で、大衆文化じゃなくて算術文化。
            治水や土木事業も測量も造船も新田開発も全部、和算で計算。農民というか村名主や庄屋は年貢管理で必須能力。農業やるには暦は重要だったから小作人でも、単純計算はできた。貨幣経済で暮らす町人も同じく。

            >「豊かだから算額やる余裕がある」のは、日本国民の9割が該当する事になるぞ。

            そんなことはいってないよー。何処にも書いてないから。
            あなたが和算を嗜むことと算額奉納を同列に間違って考えてることは理解したので、この反論は見なかったことにするよ。

            あ、レスはしなくてもいいけど、変な勝利宣言とかは勘弁してね。

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          >武士も罹患はするときはするだろうけど農民と同じ罹患率なわけがない。仙台藩を例にあげれば天明の飢餓死が14~15万人。疫病死が30万、約45万人失ってる。飢餓死→疫病死→飢餓死→疫病死このコンボ。全く同じ時期の総家臣数はわからないけどこの前後の年代は約1万くらい。士分は4千人弱。農民と同じ死亡率なら藩士ほぼ総入れ替えで藩政が成り立たない。死なれたらむしろ困る。

          お前、「率」と「数」が混ざってんだよ!

          例えば現代日本で、「交通事故の死亡者数」は世界でトップクラスだが、
          それは、人口ランキング「10位」の人口であり、
          車の保有数もトップクラスだから、【分母】が大きいからだ。
          でも、「人口と比較した交通死亡事故発生率」は、世界で「163位」だ。

          ところがお前は、率と件数をゴッチャにして言ってるぞ。

          • 匿名稼ぎ人さん より:

            >お前、「率」と「数」が混ざってんだよ!

            天明の飢饉前の幕府の人別調べでは国民は約2600万人。
            仙谷藩の人口は約77万人。
            餓死14~15万
            疫病死30万

            士分は4千弱(多くみても4300)
            餓死がほぼなく農民と同じ疫病死率なら半数死亡でそこから江戸詰め人口をさらに引く。国元の士分ほぼ総入れ替えといっても大げさな話じゃないよ。

            現代日本の感覚で、しかも適当すぎる。
            最新の2018年末のWHOの最新統計では交通死亡死は135万、
            日本の2018年度は3532人。
            先進国では高めだけど、世界的というなら10万人比率でもトップじゃない。

            人口比率で163位の統計は2010年あたりの統計だね。その統計でいっても単純な事故死亡数世界ランクは181ヶ国中31位です。

  17. 匿名稼ぎ人さん より:

    なーにが日本の陰湿さだよ
    中世のヨーロッパもどっこいどっこいだろが

  18. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代も265年あるわけで、初期の頃は関ケ原の勲功で加増された藩が困窮したりはあったけど、全体的に見れば飢餓が起きるほどになるのは、天候不作の飢饉くらい
    暴れん坊将軍が幕府の財政難対策に乗り出した頃はけっこう米は安定してとれてた
    当時の武士階級の俸禄は米配給だったから、米増産→米価格下落で貧乏一路を辿ってた
    米がとれない土地の年貢率は畑方法だったし、これは米の年貢率より低かったから、
    時代が下るにつけ米以外の農産業が発達するほど豊かになった
    一部に許されていた他所から米を買い取って納める買納制は、江戸中期には幕府も管理出来ないほどあちらこちらでやっていて見て見ぬフリをされていた状態で
    逆に言えば、米だけに頼らない産業成長が順調だったってこと
    逆に東北は気候的に他に主産業になるものが少ないせいで、農民は明治頃になってもきついままだった
    ちなみに江戸時代はまだ小氷河期時代で最高気温が25℃くらいっていわれてるから、現代でも長雨冷夏で不作になる農産業を思えば、品種改良も現代ほどでない江戸時代の農民は苦労しかないけど
    東北農民のイメージで全部を語るのは大きな間違い

  19. ななし より:

    歴史は戦後の自虐史観植え付けでプロパカンダの可能性があるし、調べるとこれも嘘だとわかりました。
    管理人さん、勉強できました、ありがとう。

    武士が全体の1割なのに、年貢9割って酒、酢にするとしても米余りすぎじゃないですか?

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      基本中の基本の話、年貢9割とか8割はその藩領地でとれた米収穫総量の、という意味ではないということ。
      幕府設定の年貢率は表石高に対して、3~6割。
      年貢が米の収穫総量に対して8割9割っていうところは、表石高に対して実石高(生産量)が異様に低いか、藩政で別の名目で税をかけて圧政していたか不作の時の話。

  20. 匿名稼ぎ人さん より:

    ぶっちゃけ今の貧乏人より栄養価的には健康的だったという。

    今は炭水化物は糞安いからデブが多くなってる。

    昔と今じゃ成人病発症が上流と下が逆転してるよな。

  21. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代なら米はお金やで。
    世界と比較したら世界のが鬼畜だけどな。

    飢饉に対応出来なかったフランスとか大規模口減らし(フランス革命)が起きて世界対戦ごっこしてるとかあるし。

    自分の国だけでなく周辺国全てを巻き込むスタイルよ。

  22. 匿名稼ぎ人さん より:

    ちなみに日本の農民は糞賢いから統治が大変なんやで…今も日本がガチギレするもんが一つあって食に対することにはキレるからな。

    辛いのは農民じゃなく農民から搾取される小作人や農民より下にされる部落。

  23. 匿名稼ぎ人さん より:

    お米貯めてどうするの?
    カビを繁殖させるのか?

  24. 匿名稼ぎ人さん より:

    主食は粟ヒエで
    米なんて納税ようにちょっとしか作らないんだろう

    キッチョムさんとかに伝承が残ってるやん

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      きっちょむさんは幕府領豊後の江戸初期~中期前の頃らしいんだな
      んな時期の九州じゃ米は大してとれてない

  25. 匿名稼ぎ人さん より:

    「 年貢 米 武士が食べきれない 」 で検索

  26. 匿名稼ぎ人さん より:

    何か差別を植えつける為に必死になってるな。

  27. 匿名稼ぎ人さん より:

    むしろ、米にしか課税しないから、今より税率低い、家賃もいらんし。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      んな訳ないだろ。道路直したり水路直したりの賦役がある。寺社や村の仕事も割り当てられる。公共工事でも手弁当で給料も昼飯も出ない。農繁期以外にも毎日働いてるから休みは盆と正月だけ。長生きできないから子沢山。

  28. 匿名稼ぎ人さん より:

    天領に関して言えば四公六民でしかもそれは表高に対してだから、
    時代が下ると開墾や農業の効率化などで二公八民くらいになってたって言われとるわな
    だから多摩の豪農達が幕末にブイブイ言うようになってる

    ただ藩による高度な自治が認められてるから藩次第なのは確か
    島原の乱の寺沢は九公一民なんてトンデモ税率だし、
    薩摩や水戸も八公二民つー超高税率だしさ

  29. 匿名稼ぎ人さん より:

    現在の農民は搾取される存在である。って風評はマルクスの経済発展段階説から来てんだろ

    それにしても米作りすぎ余るわに対し投機に回してるんだ!ってコメにワロタ

  30. 匿名稼ぎ人さん より:

    日本だけじゃなく、昔は海外もどこもそんなもんだろうに
    むしろ日本なんて優しい方だと思うぞ

  31. 匿名稼ぎ人さん より:

    貧農史観ってヤツだろ。
    日本全国白土三平状態だったら日本滅びそう。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      白土三平は、全共闘時代の過激派の愛読書だったからな。反日左翼は、こういう本を利用して、暴力革命を起こそうとしたんだよな。
      だまされないようにせんとね。

  32. 匿名稼ぎ人さん より:

    大阪の岸和田藩が9公1民。
    ttps://www.city.kaizuka.lg.jp/bunkazai/kankobutsu/temps/tenpsitiran/26tenps/tenp54/tenp54html/tenp54_4.html
    ttp://www.city.izumisano.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/35/20140608.pdf
    だからあの辺の農村部はすさまじく貧しかった。「帳簿の上では」。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      「帳簿」の上に限って貧しく見えるというのも、誤解を招く。
      URLの見たけど、それ米だけに限った話だし、岸和田は江戸初期から綿とか、黍や生姜といった換金率の高い作物作ってるから。
      岸和田藩岡部家は1640年から入封から幕末まで藩主で、それ以前の藩主松井松平家が圧政だったといわれている。
      岡部が岸和田城にはじめて入城するさい108ヶ村の代表者たちがご法度破りの直訴したくらいに。
      岡部家は全体的にみて良政。むしろ入封してから幕末まで、藩の財政は常に貧乏だった。
      あと享保の改革(1722年)ではじまる定免法は、岸和田では1750年になって農民の請願で検見から導入している。享保の大飢饉の蝗害で田畑の損耗率49%を受けて、農民が定免法に乗り換える気になったという。それ以前は検見法で満足してたってこと。

  33. 匿名稼ぎ人さん より:

    …………宣教師が、日本は農民ですら賢くて、宣教師の説法の矛盾点ついてくるから教化洗脳で間接侵略できませんって泣き言の手紙を本国に送ってたんだがw

    んで、年貢の割合が8公だの9公だのってのがあったのは事実だが、それはごく一部だけ。

    そもそも耕作面積が少ない山間地は年貢免除だったりな。

  34. 匿名稼ぎ人さん より:

    昭和の、特に戦後の歴史学者なんて左寄りばっかだったんだから、話半分以下でしか参考にならんわ。極端に悪いところだけクローズアップされていることが多い。
    それはGHQの検閲が厳しくて、本当のこと書いても黒塗りだらけにされて出版さえ出来なかったからだ。
    理由は、戦勝国が善で日本が悪だというように教育しないと生きていけなかったからな。
    実際の江戸時代には士農工商なんて意識はほとんどなかった。中堅以下の武士が野良仕事していることもあったし、新選組の土方歳三だって、武士とも農民とも区別つかなかったし、現存している農家の蔵から具足が出てくることだってあるのが現実。
    最近の東大の歴史の先生も同じようなことを指摘してたで。
    明治になって城は廃止になって売りに出されたりしても、農民が城を壊そうともしなかったんだから、その辺どうとらえるべきかだろ。

  35. 徴税担当の侍は、農民が米を量っている間「いやあ今年も紅葉が赤くなりましたな」とか言って明後日の方向向いて、米の軽量をごまかすのを見て見ぬふりするのが「阿吽の呼吸」だったんだよ。
    実質は3公7民から2公8民程度だったと言われている。江戸時代に一番貧しかったのは農民ではなく下級武士だ。
    で、それでも農民が年貢が重いと不平を言うようだったら「だったらちゃんと量ってみようか」と言って圧力をかけるというところで武士と農民が折り合っていたと言っていい。
    実に日本的だと俺は思うけどね。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      前日にたらふく食わせて飲ませて女も当てがって、当時の農民のしたたかさw それでもそれが上手く回すコツで武士側も時代劇みたいな私腹を肥やすなんてやったら帰り道に「熊」襲われるぞw その代わり江戸中期以降は藩の代わりでいろいろ工事(橋、治水、新田開発)や建築(神社、寺、中には藩の代官所)をしてそれに富裕層の農民商人が金出してるんだよね。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      上念司、「経済で読み解く日本史 江戸時代」で、やはり同じようなことが書いてあるね。年貢の割合は、実質1割から2割くらいではないかと推定している。
      反日左翼にだまされないようにしよう。

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        その通りだけど、この論争で人口変動は全く無視されてるのが問題だと思う。
        農地が増え実高が増えたから、表高に対して税率が重く見えるだけは正しいし、
        江戸中期には田畑は約2倍になっていたという説もある。
        けれど切り取るパイが大きくなったとしても、領民人口が増え、富農の土地が広がり、農民の中でも本百姓から小作人に転落したり、次男三男で継ぐ田畑がなくやはり小作人になるほかなく、小作人口が増えつづけていくわけだから、「農民」全体が豊だったとはいえないんだよね。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      役人が賄賂で村とずぶずぶになるから、「一升でも足らない場合は罰則」というお触れを出す藩もあったわけで。
      誤魔化すならまず検見の時に、接待づくしで低く見積もってもらう方が確実で、だいたい加損といって村ごとに年貢を割り振るとき、検見の結果のあたりより取りすぎると思われる場合は、一定率差し引かれているものだし。これはどこの藩もそう。
      徴収の時に、そこから誤魔化すのを阿吽でとかファンタジーというか昔の時代劇でなんか見た覚えがあるような… 水戸黄門だったかな。
      農民にも格差がありまして、下級武士より小作人でしょ。

  36. 匿名稼ぎ人さん より:

    米の9割が税収でもっていかれたんだとして、作物の何割が米だったんだ?
    農作物の9割がたが粟や豆だったとしたら税率は1割未満になるけど

  37. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代の農民が働き者だと当時の外人が絶賛しているが、その理由は
    「副職は非課税」だから。
    働けば働いた分だけ収入が増えたんだよ。
    固定給の武士の方が貧乏だった理由がそれ。

  38. 匿名稼ぎ人さん より:

    スレタイは島津だろ
    領民は生かさず殺さず、上手く誘導して農民の兵を死兵に仕立て上げる手腕はすげえよ…

  39. 匿名稼ぎ人さん より:

    豪農「小作人の分際で!」

  40. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代じゃなくても 明治時代でも似たようなもんだ
    白い飯が当たり前なったのは戦後だよ
    江戸時代で 白飯を食えたのは武士などの上流
    時代劇で商人とが白飯食ってるけど あんなん嘘丸出しだからな

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      白飯食えないなら脚気の大流行なんか起きないと思うぞ。問題は副食が食えたかどうか武士でも下級と上級では全然違うし、商人は雇用条件に食事が大きな魅力を占めてるから米出さない店なんか江戸雀達の格好のネタだよ。誰も就職希望しないよ。

  41. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代から脚気は江戸では流行ってたぞ、江戸患いって言ってたけどな。
    明治でさらに脚気が流行ったってのは主に軍隊でしょ、軍隊に入ったら白米が食える
    玄米で補完してたビタミン不足で脚気が流行る。
    ビタミン不足(当時は蛋白だと思われてた)ってのを細菌のせいにして更に脚気を増やしたのが森鴎外な。

  42. 匿名稼ぎ人さん より:

    纏めサイトは最後のレスで管理人の思想が透けて見えるのが面白い

  43. 匿名稼ぎ人さん より:

    地獄島津でさえ8公だってのに9割ってどこだよw

    徳川の天領は最終的に3公7民くらい。
    検地なんかできる状態じゃなかったから武士はどんどん貧乏になって農民は富裕だった。

  44. 匿名稼ぎ人さん より:

    米が余って販売価格低下を避ける為に各地に酒蔵が出来た。米価に応じて販売、酒造り用とリスク分散させてた。
    あと粟やヒエは換金性は皆無で不味いが天候不良に強く、マトモな藩では栽培推奨されてた。

  45. 匿名稼ぎ人さん より:

    農民といってもピンキリでとりあえず本間様でググレ、庄屋、本百姓あたりなら結構余裕がある。その辺の層で頭いい所が酒蔵やったり味噌やいろんな物作って米以外の収入が増えていきそれを見た村人が副収入の道を探して努力していったから生活は江戸初期と末期では全然違うものになってるよ。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      本間家なんて江戸時代全体通して、日本全国でトップクラスの大庄屋じゃないですかーやだー。
      あそこは3000人近く小作人従えてたんだぞ。小作人との関係は悪くなかったらしいけど、
      それだけの田畑からなら少しずつ小作料とっても莫大になるわな
      しかも藩主の分家筋だっけ?もう最強だよね

  46. 匿名稼ぎ人さん より:

    その結果が島原の乱だしな
    まあ、あれは江戸時代通しても一番狂ってた事案だと思うけどさ・・・
    年貢9割取って一揆の原因になった松倉勝家は
    江戸時代の大名でただ一人だけ切腹を許されずに異例の斬首刑だし

  47. 匿名稼ぎ人さん より:

    一方武士も内職しねーと生活が厳しい状況だったりするんだよなぁ。

  48. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸中期頃から各地の交易品取引による商取引が盛んになり、米経済→貨幣経済へシフトしていったため、今のGAFAみたいに税負担が軽いまま暴利をむさぼる豪商が次々と出現していった。
    上記の貨幣経済の浸透や開墾により、飢饉でもない限り米価の下落傾向がみられるようになり、幕府や藩の財政は少しずつ圧迫されていくことになった。

    また、薩摩に関しては、火山灰土壌が水田に向いていなかったうえに、参勤交代制度で江戸からの距離が離れるほど藩財政は厳しくなるので重税にせざるを得なかった面があるんだろう。

  49. 匿名稼ぎ人さん より:

    そんな厳しいの薩摩だけだろ

  50. 匿名稼ぎ人さん より:

    日本だけの事象だと思ってたならバカすぎんだろ・・・

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      むしろ農奴とかと違って子どもも必ず全員が親の農地で働かなきゃいけないって訳じゃなかったから、比較するとだいぶ楽では?

      江戸時代の農民の次男三男なんて他家への養子か婿入りでもしないと丁稚奉公か職人への弟子入りして農民から商人や職人にジョブチェンジしちゃうし

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        農民の丁稚奉公って、娘を売るのと一緒で口減らしなんだけど?
        寺子屋で出来るだけ教え込んで、7、8歳で丁稚に出す。無給の代わりに食べさせて貰えて、成人(元服の齢)まで奉公つづけていられたら正式に雇ってもらえる。
        奉公つづけていられたらっていうのがミソで、正確性は知らんけど、丁稚の3割は成人前に死亡してたって統計があってね。
        同じ丁稚でも農民からとるより町人の子を取った方が将来有望なんだから、大店ほど採用しないし、ほいほいとってくれるところは待遇が悪い。
        どれくらい食わせてもらえるかは雇い主次第でそれが死活問題だからな。

        あと、親の農地で働かなきゃいけないって訳じゃないっていうより、働いても食っていけないでしょ。近辺に大地主でもいて小作人に雇って貰える目途がなければ、村を出て町で働き口探すしかない。
        江戸初期までならまだ才覚次第で、農民から武士にジョブチェンジしてた例はあるんだけどね。武士が貧しくなると、浪人さえ士官できなくなる始末だからな。

  51. 匿名稼ぎ人さん より:

    九公一民(笑)
    そんなもの百姓が耕作放棄して逃げ出すわ
    江戸期の農民悲惨物語は 明治政府のプロパガンダとして広められた
    本当は明治になってからのほうが農民は貧困だった
    農民が決定的に貧困になったのは「租税金納法」という悪法により、農地を売却して
    税を納めることを余儀なくされて耕作地を持たない「小作」になったから

  52. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代は検地がほとんど行われなかったせいで
    新田作った分はほぼ無税だったとかー
    飢饉が頻発とかいうのもそう訴えれば租税猶予されるんで
    被害を喧伝したとかー何とかツー話で言われてるような悲惨な状況ではなかったとか

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      むしろ吉宗とか幕府財政再建するために新田開発の後押しとかしてたのに、結果としては米の供給量が増えて米価がさらに下がり実質的な税収減になるっていう負のスパイラルにはまりかけてたしな

      どっちかというと江戸時代通しての新田開発と農業技術の発展で一番頭悩ませてたのは幕府と諸大名ってオチな気が

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      公儀の検地と、毎年の検見をいっしょたくに考えてるよ。
      新田は無税ってわけじゃない。藩ごと違うけど、数年免除とかはあった。

  53. 匿名稼ぎ人さん より:

    石高=国力になちゃったから寒冷地だろうが米以外の耕作を禁じて米を徴収しまくった
    なので粟や稗や麦をいっぱい育てれば不味くても満腹!とはいかなかった
    という話を聞いて食糧を貨幣にすると税率どうこう以前にヤバい事態を生むんだな…と思った

    •   より:

      田んぼでコメ以外を作るなっていう耕作の制限であって
      別に米以外作っちゃいけないって言う耕作制限じゃないぞ?

    • ユウヤ より:

      石高って『収入の全てを米換算した額』であって『米の総収量』じゃ無いぞ。
      今で言うGDPって感じだな。

  54. 匿名稼ぎ人さん より:

    日教組史観。

  55. 名無し より:

     国民の85%が農民なのに、そんなに取り上げて
    誰が買って食うんだよ?
     しかも武士だって、下士で自分で米作っている方が
    はるかに多いし、米を買って食べる層なんて、
    せいぜい12%ぐらいでしょ。

    • ユウヤ より:

      だから『米価が下がって』武士が困窮してたんだよ。
      そんなんだから吉宗は『米価の安定』を計り『米将軍』って呼ばれてる。

  56. 匿名稼ぎ人さん より:

    フランスはガチで九公一民だった模様。
    結果革命が起きて(ry

  57. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代でも一揆が起こり続けてる訳だから、農民が軽く見られてたのは事実だよね
    というか反日とか左翼なんて単語が出るのはなぜ?コメ稼ぎなの?

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      自分で調べたら?

    •   より:

      江戸時代の一揆なんて
      基本的にはなんもしないんだぜ?

      全部一向一揆みたいな事やってたと思ってるかもしれんけど
      現代の沖縄のプロ市民とかのほうがよっぽど暴力的ってぐらい、何もしないのが普通

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        何もしてないのに処刑されてたの?農民つらすぎるな

        • 匿名稼ぎ人さん より:

          「量」の概念を勉強し直したほうがええで。さんすうからやり直そう

          • 匿名稼ぎ人さん より:

            何もしてないのに農民が処刑されたことと「量」ってなにか関係あるの?
            はぐらかさないでちゃんと教えてくれると嬉しいな

        • 名無しさん より:

          何もしてないときは処刑されてないぞ
          基本的に一揆には
          一揆しようかなぁ?チラッチラッ段階で終わるのがほとんど、その段階でも領主はかなり嫌がるので十分だった
          当然誰も処刑されない
          その中で「一揆しました」(という名目で集まっただけ)がさらに大半、この場合首謀者のみ処刑されることとなるが助命されることもかなり多かった
          打ちこわし的な一揆は、喧伝されてるよりごくごく少数というだけ

          • 匿名稼ぎ人さん より:

            一揆になる前に名主が免除を訴えて処刑されてる例は、普通にあるよ。
            基本的にそういうのは江戸初期に集中するんだけどね

  58.   より:

    武士「そのかわり、コメ以外何でも好きに作って食ってええよ」

    いま日本全国でいろんな特産品があるのは↑のおかげ
    別に粟やヒエだけくってたわけでもはない
    というか粟もヒエも結構うまくて好きだぞ俺

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      江戸初期には貨幣経済化が進んでたので、みんなコメを売って自前の運営資金にしてた。
      コメ以外に特産がある地域はコメがあまり出来ないから特産品で兌換作物としてのコメに代用したんだよ。

  59. 匿名稼ぎ人さん より:

    初期は兎も角中期以降は殆ど逆でしょ
    なんせ一揆あったら取り潰しの可能性があるから
    一揆が起こりそうになると話し合いでどんどん税率下がっていったし
    商人は税率が安かったから寄付を延々と求められて三井とか住友でさえ潰れかけたぞ

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      話し合い?
      1781年 絹一揆 有力者・地主や商人の屋敷打ちこわし
      1804年 牛久助郷一揆 1500人~1600人で打ちこわし
      1825年 赤蓑騒動 大庄屋や在郷商人など約87軒を打ちこわし
      他にも色々あるぞ

      •   より:

        20年おきとか日本赤軍のテロより少ないな

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        現代の香港より平和で草

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        思想ありきで事実無視する歴史研究家はカルトと同じやで

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        ヒューマンキャッチャーかな?

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        その一揆は、

        キヌ産物でがめつく儲けてたので、賦課金をかけようとしたことに対する反対と。

        押さえになる領主が飛び地や江戸の旗本で遠隔地居住のために年貢割合が農民によい状態だったのに無駄遣いして、通常の賦課状態にあった隣町(他国)の商人にまけてくれと詰め寄って断られたたのがはじまりなのと。

        コメ不作時に、商人ががめつかったせいで起こった一揆じゃねええか。

      • ユウヤ より:

        その一揆、うち壊しの内容調べてみ。
        笑うぞ(笑)

  60. より:

    間違いたらけのコメントばっかエテ公しかいないのかここは?

  61. 匿名稼ぎ人さん より:

    代官「できらぁ!」
    庄屋「できらぁ!」

  62. 匿名稼ぎ人さん より:

    >現代人から見ると米四合なんて食い過ぎと思うが
    >当時の一般的な人々は米六合食ってたからあれは控えめな食事という表現らしいな
    >明治の人間はたくあんと味噌汁だけみたいなおかずでひたすら米を食って脚気になってた

    江戸煩い?それ明治だけじゃなく江戸時代もそうだろ?
    当時の江戸や大阪みたいな商業発展地に住む人間はとにかく白米がごちそうでそれと香の物で満足する食生活だったみたいだな
    明治はそれに加え食料自給不足からくるのが原因だったみたいだが
    栄養バランスなんて概念がないんだからそうなるのも当たり前
    江戸時代他の地域では意外に白米がまわってこんもんでそれこそ稗や粟を混ぜた雑穀米なんかを代わりに食ってたらしいから江戸煩い(脚気)にならんかったって
    白米を優先的に食える今で言う上級国民のほうが江戸煩いになってたのはそういう事だって聞いたぞ

  63. 匿名稼ぎ人さん より:

    中期と後期は、江戸だと石代納になってて、侍の取り分が百石辺り25両らしいな。
    つまり、農民が75%もらった。

  64. 匿名稼ぎ人さん より:

    お上に申告した田んぼだけが課税対象だから九公一民もあり得た。
    畑は申告対象外だからヒエやアワは無税。
    かつ、商家や職人などに出稼ぎに行って稼いだ給与も、非課税。
    社員数百人抱える商家も、課税台帳には土地を持たない水呑み百姓扱い。
    要するに課税対象になる土地を持ってないってだけのことで、貧乏なのではない。

    医療が発達してないのと、飢饉に陥ると全国的に詰む以外は、
    意外に裕福な江戸時代の庶民。

  65. 匿名稼ぎ人さん より:

    水戸藩も二代光圀の時代は八公二民だった。
    実高25万石を35万石と申告していた上に「大日本史」編纂や蝦夷地探検のための
    船を建造したりといわば光圀の道楽のために重税を課していた。

  66. 匿名稼ぎ人さん より:

    松倉家が重い年貢を取り立てたのは事実だが、それは以前の領主より上げたからだけであって笑

    そもそも転付前は名君扱いやし、十公0民はあり得ない

    考えられるにその教授の専門が違くて、思想に傾倒してるんじゃない?
    授業で言ってたという信頼性皆無なことをソースにするのなら、せめて教授の名前を出してほしい

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      そもそも今の教授って昔のこと詳しくないよね。適当に想像だけで語ってる連中だし。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      書き方まずかったようですまない。
      帳簿上の収穫量と実際の収穫量が数倍乖離していて、帳簿上は10公0民とか9公1民で実質3公7民程度のケースもあったという話
      江戸時代中に面積当たり収穫量は2~3倍に増えたのに、太閤検地以降に検地をやり直さなかったからそんなことになるんだと

      • 匿名稼ぎ人さん より:

        せめてwiki程度の知識だけでももって松倉藩事情を語ろう、な?
        読んでるこっちの方が恥ずかしいぞ

  67. 匿名稼ぎ人さん より:

    こうしてデマが広がっていく
    そんなアコギな真似したの、江戸時代でたった一人打ち首になった大名だけじゃん

  68. 匿名稼ぎ人さん より:

    で、でも水田からはタニシやドジョウが獲れるから・・・

  69. 匿名稼ぎ人さん より:

    この時代の米って換金食物だからスマホ工場で働いてる奴が自分の作ったスマホは99%以上会社に取られて自分の手元には全然残らないと訴えてるようなもんやぞ?

  70. 匿名稼ぎ人さん より:

    頭抱えた農民のイラストで草生えた
    ほんとにスレタイ通りの発言してそう

  71. 匿名稼ぎ人さん より:

    今は米よりも粟稗蕎麦の方が身体にいい事が分かって高級食材になってるって昔の百姓が聞いたらぶったまげるわ

  72. 匿名稼ぎ人さん より:

    税じゃなくて、そういう仕事なんだろ
    農地という資産を持ってるブルジョアだよ

  73. 匿名稼ぎ人さん より:

    白土三平は江戸時代の考証が進んで、
    自分の漫画や歴史観がウソだと分かって
    続きを描けなくなったそうだ

  74. Fクオリティー より:

    幕府及び諸藩は、四公六民が普通で、三公七民もあった。
    江戸時代初期、上野国高崎藩が七公三民をやって一揆が発生し幕府から処分された。

    現代、給与明細を見て、税金と保険料・年金徴収額の合計は、年収の30%くらいだった。
    ただ消費税を加えると、残りの収入を年内に使いきったとして17%が付加されるので、故人収入の47%が国家に支払われることになる。

  75. 匿名稼ぎ人さん より:

    そもそも、米のレートと貨幣経済のレート一緒にすんなや
    種もみを1粒の収穫期待値が140倍だぞ

    異常気象で飢えてた時代なんて上から下までみんな飢えてて、当時の皇室で「今日は糸の引いてない飯が食えた(痛んでない米を食う事が出来た」とか記録に残ってるくらいだ

  76. 匿名稼ぎ人さん より:

    >隠し畑は作れても水田隠すのは至難やろ

    今時の若者は陸稲(おかぼ)なんて知らんのだろうな。

  77. 匿名稼ぎ人さん より:

    2人ぐらいしかツッコミを入れていないから言うが、
    米がいくら貨幣の代わりになっていたからといって
    食わないと腐るだけだぞ。
    だから最終的には8割を超える農民自身が消費していたはずなの。
    少しは考えろ。

  78. 匿名稼ぎ人さん より:

    民に娯楽があった分、ヨーロッパよりマシだと思う。万葉の時代から、農民が歌唄ってるし、字は読めたのでは?

  79. より:

    5%の武士が
    50%のコメを食えるわけがない。

  80. より:

    収められたコメは武士の食い扶持を除いて残りは売らないとお金にはならない
    食べるか日本酒にする量しか売れようがないので大量に輸出でもしてないと
    計算が合わない
    よって表題の件はプロバガンダである

  81. 匿名稼ぎ人さん より:

    百姓は生かさず殺さず
    これが全てだろ

  82. 匿名稼ぎ人さん より:

    指摘している人もいるが、大半は戦後の反日教育に染まってるw
    江戸時代の農民は人口の八割。武家が一割、残りが商人と職人(士農工商)。
    農民の収穫の六割もの年貢を搾取していたとするなら、人口の2割に過ぎない非農民が、六割の米を食べていたことになる。
    輸出でもしていたというなら話は別だが江戸時代は鎖国。米の輸出もない。
    「農民は生かさず殺さず」とか、「農民とゴマの油は絞れば絞るほど良く取れる」などという言葉だけが独り歩きし、江戸期の農民が恒常的に極度に困窮していたようなイメージ、印象操作がされているが、要するにそれらは反日左翼のプロパガンタにすぎない。
    六公四民、五公五民、四公六民など、いかにも厳しい税率だったようにいわれる江戸時代だが、最近の研究では、当時の実際の税率はおおむね10%程度であったと言われいる。そうなると、国富の九割を農民が、残りの一割を武家が受取り、商人は農業生産物の流通で儲け、職人はそれぞれの階層の利益の一部から所得を得ていたことになり、鎖国経済の日本の姿が、自然と納得できるものとなる。

  83. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代の農民が米を食えなかったというのは 米はあくまでも「納税用作物」で、納税に必要なだけ作っていて、常食は無税の雑穀を食べていただけ
    納税後に残った米は不作年への備蓄になった
    米は籾付きだと5年くらい保管できるし、別に新米で納税しなければならないことはなかった
    江戸の農民地獄物語は明治政府のプロパガンダとして作られ、戦後は左翼と白戸三平によって定着した

  84. 匿名稼ぎ人さん より:

    江戸時代の農民の平均年収は現在換算で80~100万円くらい。
    現在で考えると生活保護以下の貧困家庭だが、持家なんで家賃ゼロ、自家製農作物で、ある程度自給自足もできた。子沢山ではあるが、そこそこに暮らせてた。

    • 匿名稼ぎ人さん より:

      ただし、現代と違って水道料金と燃料代がかからない

      井戸は自前だし、燃料の薪について村の共益地で拾ったり定期的な伐採してそれを薪に加工してたから、労働力の提供はあっても現代みたいに現金でそれを賄ってない分だけ生活費として必要な現金も減る

  85. 匿名稼ぎ人さん より:

    なんでこんな嘘を書くのか分からないよ。どこかの工作員に思えてくる。
    農民にとったら、税金が金納になった明治時代の方がしんどいよ。
    兵役の義務も出来たしね。本当の江戸幕末を知りたかったら、戊辰物語と
    渡辺京二氏の、逝きし世の面影この二冊の本を、読んで欲しい。

  86. 匿名稼ぎ人さん より:

    農民が年貢で困るようになった一番の要因って、幕府が出来高比率で納めさせてたのを検地で出た収穫量から算出した毎年定量にしたことだと思うんだがなぁ

    経済が米本位制みたいな形だったんで、豊作の年に幕府と諸大名が出来高比率で納めさせた米を現金化するために市場に放出、それにより米価が下落して実質的な税収減になる上に、それを理由に農民も米を買い叩かれるので、毎年定量を納めさせて決まった量を市場に放出することで米価の乱高下を防ぐ目的だったはず

    ただ、不作になると実質的な増税になるっていう効果もあったんで、同時に貸付米とかの救済制度も導入してた

    そしてそれでも米相場は安定せず、幕府の財政もなかなか改善出来なかったというのがもう

  87. . より:

    農民は字の読み書きが出来ないっていうのもかなり微妙な話なんだよな、今となっては

    江戸時代にはもう長子相続が慣例化してるんで、子沢山なら長男以外の身の振り方も考えてやる必要があって、女子の場合は嫁入りが普通、男子は選択肢としては丁稚奉公か職人への弟子入り、大穴で他家への養子
    その際に読み書き算術も出来ないっていうのはマイナスにしかならないんで、農村地域にも郷士(いわゆる村侍)名主、寺社が農閑期なんかに手習をさせてたって例はそれなりにある

    あと、全国各地の新田開拓とか発起人はほぼ村名主だけど財源は村全体での寄付だったりもしてるんですが、仮に九公一民とかやってたらそんな余裕があるわけねえだろ、と

  88. 匿名稼ぎ人さん より:

    バカが多いな
    ちゃんと計算しろ

  89. ななしさん より:

    伏せ田隠し田って知らんのか?

  90.  YO ♬ YO ♬ より:

    なんだ「江戸時代暗黒史観」のプロパガンダか・・・

    白米を喰える江戸で脚気が蔓延し、ろくに食えないはずの地方に行ったら健康になる
    という(脚気=江戸煩い)

    昔読んだ江戸時代本によると「農民は生かさず殺さず」とか、「農民とゴマの油は絞れば絞るほど良く取れる」は背景が違うそうな。前者は江戸初期。取りすぎれば農民が死ぬ。後者は中期以降。農民の生産力向上がその原因。多くの一揆は、実は改良で豊かになった農民に新規税をかけようとする役人にたいするものだとか。